1.6億円までであれば相続税が非課税となる配偶者控除|計算方法と留意点。「小規模宅地等の特例」との併用
相続税の負担を軽減する制度の中で最大級の効果があるのが配偶者控除です。配偶者控除が適用されると、配偶者が相続した財産のうち少なくとも1億6,000万円までは、相続税はかからないことになります。配偶者にとってはメリットの大きい制度ですが、安易な使い方をすると後に子供に思わぬ税負担がかかることもあります。2次相続まで考慮した節税対策が必要です。
この記事では、相続税の配偶者控除の概要や計算方法、留意点、さらに小規模宅地等の特例との併用についてもご説明します。
目次
相続税の配偶者控除(配偶者の税額軽減)とは
相続税とは、被相続人(亡くなった人)の遺産を相続や遺贈によって受け継いだときに、発生する税金です。相続税には基礎控除額が設けられており、遺産総額が基礎控除額以下であれば、相続税の申告も納税も必要ありません。反対に、遺産総額が基礎控除額を超えていれば、相続の開始があったことを知った日(通常は死亡日)の翌日から10ヵ月以内に、税務署に申告し、納税しなければなりません。
相続税の基礎控除額の計算式
相続税の基礎控除額は、次の計算式で算出されます。
相続税には、この基礎控除以外にも税負担を軽減するさまざまな制度が設けられています。それらの制度を適用するには、相続税の申告手続きが必要なものもあります。配偶者控除もそのうちの1つで、正式には、配偶者の税額軽減といいます。
相続税の配偶者控除の目的
相続税の配偶者控除は、配偶者には相続税の負担をできるだけ少なくしようという制度です。では、なぜ配偶者は大きな額の軽減措置が受けられるのでしょうか。それは、以下の3つの理由からです。
①配偶者の老後の生活を保障するため
重い税負担によって、残された配偶者の生活を圧迫しないようにします。
②配偶者が、故人の財産形成に大きく寄与しているため
夫婦の財産は夫婦が長年協力して築き上げたもので、配偶者の貢献を考慮しています。
③短期間に相続が2回発生し、同じ財産に2回税金がかかることを避けるため
配偶者への相続の多くは同一世代間での財産の移転になるので、次の相続までの期間が短いことへの配慮です。
相続税の配偶者控除の概要
相続税の配偶者控除とは、配偶者が取得した正味の遺産額が、次の金額のどちらか大きい金額までは相続税がかからない制度です。
- 1億6,000万円
- 配偶者の法定相続分相当額
なお、上記の金額のうちどちらか大きい金額を超えた場合は、超えた分に対してのみ相続税がかかります。
【例】法定相続人が妻と子供の2人で、正味の遺産額(課税価格の合計額)が2億円の場合と、4億円の場合
<遺産が2億円の場合>
- 妻の法定相続分:2億円×1/2=1億円
- 1億6,000万円>1億円なので、妻が取得した遺産のうち1億6,000万円までは相続税がかからない
<遺産が4億円の場合>
- 妻の法定相続分:4億円×1/2=2億円
- 1億6,000万円<2億円なので、妻が取得した遺産のうち2億円までは相続税がかからない
相続税の配偶者控除の3つの適用要件
配偶者控除を受けるためには、次の3つの要件を満たす必要があります。
① 戸籍上の配偶者であること
戸籍上の配偶者であれば、婚姻期間の長さは定められていません。籍を入れていない、内縁関係では適用されません。
② 相続税の申告期限までに遺産分割が完了していること
配偶者控除額は、配偶者が実際に受け取った遺産の額をもとに計算します。そのため、原則、申告期限までに遺産分割が完了していることが求められます。
③ 相続税の申告書を税務署に提出すること
配偶者控除は、相続税の申告書に必要事項の記載と一定の書類の添付がある場合に限り、適用されます(相続税法第19条の2第3項)。よって、配偶者控除の適用を受けるためには、必ず相続税申告をしなければなりません。
また、相続放棄した配偶者が遺贈によって受け取った遺産に対しても、申告書を期限までに税務署に提出すれば、配偶者控除の適用を受けることができます。
相続とは、何もしなくても自動的に発生します。配偶者や子供、親、兄弟姉妹など、一定の関係にある人のうち近い順位の人が相続人となり、亡くなった人の財産を承継することになります。
一方、遺贈とは、遺言による贈与のことです。相続が相続人のみを対象とするものであるのに対し、遺贈は相続人以外にも財産を譲ることができるというのが特徴です。もちろん、相続人に対しての遺贈も可能です。遺贈を受ける人のことを、受遺者と呼びます。
申告手続きと必要書類
配偶者控除を受けるためには、相続税の申告書を被相続人の住所を管轄する税務署に提出しなければなりません。上述の通り、配偶者控除の適用により税額がゼロになる場合でも、必ず申告書を提出しなければなりません。
<必要書類>
- 相続税の申告書
- 被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本
- 遺言書の写しまたは遺産分割協議書の写し(配偶者の取得財産が分かる書類)
- 相続人全員の印鑑証明書(遺産分割協議書の写しを提出する場合)
※遺産分割がまだ終わっていない場合は、申告期限後3年以内の分割見込書が必要です。
なお、相続税の申告書は、税務署の窓口でもらうか、国税庁のHPからダウンロードできます。
相続税の配偶者控除の計算
配偶者控除の計算式
控除額は、次の計算式で算出される、いずれか少ない額になります。
または
Aで、課税価格の合計額×法定相続分<1億6,000万円であれば、1億6,000万円に置き換えます。
※相続税の総額とは、法定相続人が法定相続分を取得したと仮定して計算した相続税の合計額です。
※課税価格の合計額とは、遺産のうち相続税が課税されるものの合計額です。
配偶者控除の具体的な計算例
それでは、具体的な例を使って計算してみましょう。
【例】遺産総額3億円、法定相続人が配偶者と子供2人の計3人のとき、法定相続分で遺産分割する場合の、配偶者控除額と納付税額
1.課税総額を計算
基礎控除額:3,000万円+(600万円×3人)=4,800万円
課税価格の合計:3億円-4,800万円=2億5,200万円
2.各相続人の法定相続分に基づく取得金額を計算
<配偶者の取得金額>
2億5,200万円×1/2=1億2,600万円
<子供(一人当たり)の取得金額>
2億5,200万円×1/2×1/2=6,300万円
3.各相続人の法定相続分に基づく相続税額を計算
<配偶者の仮の税額>
1億2,600万円×40%-1,700万円=3,340万円
<子供(一人当たり)の仮の税額>
6,300万円×30%-700万円=1,190万円
※取得金額×税率-控除額=相続税額
4.相続税の総額を計算する
3,340万円+1,190万円×2人=5,720万円
5.相続税の総額を遺産分割の割合で分けて、各人の相続税額を計算する
<配偶者の相続税額>
5,720万円×1/2=2,860万円
<子供(一人当たり)の相続税額>
5,720万円×1/2×1/2=1,430万円
6.配偶者控除額を計算する
<A>相続税の総額×(課税価格の合計額×配偶者の法定相続分)÷課税価格の合計額
1億2,600万円<1億6,000万円なので、1億6,000万円に置き換える
5,720万円×1億6,000万円÷2億5,200万円=3,631万円
<B>相続税の総額×配偶者の課税価格÷課税価格の合計額
5,720万円×1億2,600万円÷2億5,200万円=2,860万円
3,631万円>2,860万円なので、配偶者控除額は2,860万円となる
7.各人の納付税額を求める
<配偶者の納付税額>
5,720万円×1/2-2,860万円=0円
<子供(一人当たり)の納付税額>
5,720万円×1/2×1/2=1,430万円
相続税の速算表
法定相続分に応ずる取得金額 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
1,000万円以下 | 10% | – |
3,000万円以下 | 15% | 50万円 |
5,000万円以下 | 20% | 200万円 |
1億円以下 | 30% | 700万円 |
2億円以下 | 40% | 1,700万円 |
3億円以下 | 45% | 2,700万円 |
6億円以下 | 50% | 4,200万円 |
6億円超 | 55% | 7,200万円 |
なお、相続税の税率は、国税庁のHPから確認できます。
相続税で配偶者控除を活用する際の留意点
配偶者控除を受けるためには、相続税の申告書を税務署に提出する必要があります。では、期限が過ぎてしまったり、申告の修正が必要な場合はどうすればよいのでしょうか。
納税義務があることを知らなかった場合
相続税の納税義務があることを知らずに、相続税の申告をしなかったというケースも多いようです。
この場合、税務署から「相続についてのお尋ね」という文書が届きますが、必ず相続税の申告が必要というわけではありません。計算した結果、相続税の申告が必要ない場合は、届いたお尋ねに必要事項を記載して税務署へ返送して終了となります。相続税の申告が必要となった場合は、申告書の作成・提出を行わなければなりません。
申告期限を過ぎてから申告することを期限後申告といいます。期限後申告でも、配偶者控除を受けることができます。ただし、無申告加算課税や延滞税が課されます。
申告後に新たに遺産が見つかった場合
相続税を申告・納税してから、新たに遺産が見つかる場合もあります。この場合は、修正申告をします。修正申告でも、配偶者控除を受けることができます。ただし、過少申告加算税や延滞税が課されます。
税務署から指摘を受けてから修正申告したのでは、控除が受けられなくなる可能性もあるため要注意です。申告漏れがないよう、慎重に進めてください。
遺産を意図的に隠した場合
税務調査によって、意図的に遺産を隠していることが発覚した場合は、指摘を受けて修正申告をします。この場合、隠していた遺産については、配偶者控除を受けることはできません。遺産隠しは、配偶者控除が適用されないばかりか、35%または40%の重加算税が課税されます。
遺産分割協議中に配偶者が亡くなった場合
遺産分割協議を進めている途中で、配偶者が亡くなるケースもあります。この場合は、配偶者が生存しているものとして、被相続人の遺産を分割します。相続人の合意で配偶者が受け取ることにした遺産について、配偶者控除が受けられます。
遺産分割協議とは、相続人同士で遺産の分け方について話し合うことです。被相続人が遺言書を作成していない場合、相続人全員が参加して遺産分割の割合を決める遺産分割協議によって相続の割合を決定します。遺産分割協議で合意した内容を文書にまとめ、残したものが遺産分割協議書です。一方、遺産分割協議で合意が得られない場合は家庭裁判所による調停や審判によって相続割合を決めることになります。
申告期限までに遺産分割が完了しない場合
原則として、相続税の配偶者控除を受けるためには、遺産分割を行ってから相続税の申告書を税務署に提出しなければなりません。しかし、申告期限までに遺産分割協議がまとまらない場合はどうしたらいいのでしょうか。
この場合は、「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付して、申告期限までにいったん相続税の申告書を提出して納税します。この申告は、法定相続分で遺産を分割したと仮定して税額を計算し、配偶者控除は受けられません。このとき、一時的に多めに納税することになるので、納税資金の確保などの注意が必要です。
その後、申告期限から3年以内に遺産分割ができれば、配偶者控除が受けられるようになります。手続きとしては、税務署に更正の請求を申し出て、先に提出した申告書を訂正します。更正の請求は、遺産分割が行われてから4ヵ月以内にすることができます。納めすぎた税金があれば、還付されます。
申告期限から3年過ぎても遺産分割が完了しない場合
遺産分割の話し合いがこじれて訴訟に発展した場合や、遺言で一定期間遺産分割が禁止されている場合など、申告期限から3年以内に分割ができないケースもあります。
この場合は、申告期限から3年を経過した日の翌日から2ヵ月以内に「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」を税務署に提出して、承認を受けなければなりません。このとき、訴状や遺言書など遺産分割ができないことを証明する書類の添付が必要です。
遺産分割ができない事由が解消したら、その日の翌日から4ヵ月以内に遺産分割を行って更正の請求手続きをすれば、配偶者控除が受けられます。
安易に配偶者の税額軽減を利用すると危険、2次相続も考慮した節税対策を
相続において、配偶者は1億6,000万円または法定相続分相当額までは相続税が課されないことをご説明しました。しかし、この配偶者控除という大きなメリットがあるからといって、とりあえず配偶者がすべて相続する、というような安易な遺産分割をすると、後々大きな税負担を負う可能性もあります。
例えば、今回の相続(1次相続)では相続税を抑えることができても、その後、配偶者が亡くなったときの相続(2次相続)で相続税の負担がそれ以上に大きくなってしまうことがあります。つまり、1次相続と2次相続の相続税の合計で考えると、節税になっていないということです。これには、次の2つの理由があります。
①2次相続では相続人が減り、基礎控除が減るため
2次相続では配偶者が亡くなっているわけですから、1次相続に比べて相続人が1人減ります。そのため、「3,000万円+600万円×法定相続人」から算出される基礎控除額が減ることになります。
②配偶者の固有の財産が追加されて、課税価格が増えるため
配偶者がもともと持っていた固有財産もある場合には、遺産が増えます。相続税は累進課税なので、遺産が増えるのに伴って適用される税率も上がります。
【例】父の財産が1億円、母の財産が1億円で、子供が1人だとします。父の相続発生(1次相続)後に、母の相続が発生(2次相続)し、2次相続では母の財産と母が1次相続で取得した父の財産をそのまま子が相続する場合の相続税
<1次相続で父の財産の100%を母が相続した場合>
母が取得した財産:1億円
- 1次相続にかかる相続税:
1億円<1億6,000万円なので、配偶者控除で相続税額は0円
- 2次相続にかかる相続税:
(1億円+1億円)-(3,000万円+600万円×1人)=1億6,400万円(課税遺産総額)
1億6,400万円×40%-1,700万円=4,860万円
- 1次相続と2次相続の相続税の合計額:
0円+4,860万円=4,860万円
<1次相続で父の財産の50%を母が相続した場合>
- 1次相続にかかる相続税:
≪母≫
取得した財産:1億円×1/2=5,000万円
5,000万円<1億6,000万円なので、配偶者控除で相続税額は0円
≪子供≫
1億円-(3,000万円+600万円×2人)=5,800万円(課税遺産総額)
5,800万円×1/2×15%-50万円=385万円
- 2次相続にかかる相続税:
(1億円+5,000万円)-(3,000万円+600万円×1人)=1億1,400万円(課税遺産総額)
1億1,400万円×40%-1,700万円=2,860万円
- 1次相続と2次相続の相続税の合計額:
385万円+2,860万円=3,245万円
以上のように、4,860万円>3,245万円となり、1次相続で相続税がかからないからといって、配偶者である母がすべての財産を取得することで、1次相続と2次相続を合わせると結果的に税負担が大きくなっていることが分かります。1次相続で配偶者の取得分を決める際には、2次相続まで考慮したシミュレーションを慎重に行う必要があります。
「配偶者控除」と「小規模宅地等の特例」の併用に注意
小規模宅地等の特例は、相続時の自宅の土地の評価が80%減額になるというメリットの大きな特例です。この特例は、複数の土地がある場合には有利選択ができるという特徴があります。つまり、単価の高い土地についてこの特例を適用できるということです。
ここで注意したいのが、配偶者控除と小規模宅地等の特例を併用することによって、各相続人の相続税額の合計が最小にならなくなってしまうケースです。
実際の遺産分割では、配偶者は配偶者控除によって相続税の負担はゼロになるか大幅に減額になることが多いので、小規模宅地等の特例による評価減は子供に優先して適用した方が合理的だということです。
なお、小規模宅地等の特例はいったん申告すると選択替えはできませんので、どの土地に適用を行うかについては慎重に検討する必要があります。
まとめ
配偶者控除は非常に大きな節税効果がありますが、申告期限までに遺産分割協議がまとまらなかったり、申告し忘れたりすると、この制度が使えなくなることもあります。また、1次相続だけでなく2次相続も考慮して、配偶者控除の活用を検討することも重要です。ほかの控除や特例も含め、全体像を把握したうえで遺産分割を考える必要があります。
相続税対策は、相続人の人数などケースによってさまざまなので、判断に迷われたら専門家に相談することをお勧めします。
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この記事を書いた人
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